兎も七日弄れば噛み付く





ミハエルは対人心理に疎い。
「君だから言っておくけど」
と、散々サインを出したのに全く気が付かない。他のメンバーはスグに気付いたのに、当の本人は全く判っちゃいない。なんか、このままでは本当に真正面からストレートに言ってやらないとなんにも伝わらない気がしてきてJは溜息を吐いた。

先に言うのはなんだか負けた気がして、プライドが邪魔をする。他の人間が気付いている事をわざわざ口にするのは滅法気恥ずかしい。今まで周りに居た人間は聡い人が多くて、言わずもがなで通じるのが常で。
こういうのは慣れてないのだ。
最初は、こんなのも判らないのかと子供に接するみたいに易しく説明してあげる事が新鮮だった。ただそれだけのハズだったのに。いつの間にか『説明』という彼との『会話』が面白くなっていた。駄目な子程可愛いというのはこういう事か。

ちょっかい出して、こっち見て欲しくて、イジメたくて、幼い駆け引きをする。
恋を覚えたばかりの少年でもあるまいに、己の必死さに苦笑した。鈍いのを想うのは大変だ。

「ミハエルくん、おやすみのキスは?」
「え?今日も…ですか?」
「習慣になっちゃってるからさ、しないと落ち着かないの」
今時帰国子女でも使わない様な嘘。小さい子供なら兎も角、この歳でそんな甘えた事するワケ無いのに。人並み外れて鈍い彼は、こんな嘘も素直に信じてしまう。
数日前、彼に自分をいう存在を強く印象付けたくて、いつもしている挨拶だからと嘘吐いてキスした。そんな習慣の無い彼は面白い位に取り乱して、純日本人の自分には馴染みの無い事ですけど挨拶なら…と無理矢理だったがなんとか納得している風だった。この時ばかりは彼の鈍さに感謝した。挨拶を口実に、触る事が出来るから。

そして今夜も、おやすみのキスしてとオネダリ。ヤコブは別室、この部屋には自分達しか居ないのに、ミハエルはキョロキョロそわそわ落ち着かない感じでベッド代わりのソファから一歩も動かない。「嫌?」
「いいえ、そんな事は…」
ブンブンと頭を振って立ち上がり、Jの傍まで寄って体を屈める。Jがミハエルの首に腕を回す。至近距離でニッコリと笑んでから目測し、目を閉じる。ミハエルも挨拶と称したコレを繰り返されるウチに黙って瞼を閉じる様になっていた。Jの、調教の賜物だ。時折、ちょんっと唇を押し付けたりはするが、無理に貪る事はしない。おやすみのキスだといってあるのだ。セクシャルな香りを出すワケにはいかない。それがとても歯痒い。

普通の人なら、気付くのに。

子供っぽいキスだけして顔が離れる。
「うん、じゃあ…おやすみミハエルくん」
彼はきっと、自分と違って名残惜しさなど感じていないのだろう。そう考えると愛憎が胸に絡んで心をチクチクと刺していく。
「あの、J…」
「ん?」
名前を呼ばれた思ったら、彼の手がクイっと顎を持ち上げてきた。そしてそのまま、彼の親指がそっと下唇を撫ぜた。
「っ…!」
心臓を射抜かれる様な衝撃だった。ついに、想いに気付いてくれたのだろうかと期待が膨れ上がる。しかし気になるのは彼の視線が口元に集中している事だ。

「傷が…、爪が当たったのかもしれませんね。さっきの…その、挨拶…痛く無かったですか?」
キスという単語を口にするのが恥ずかしいのか、もごもご誤魔化しながらミハエルが尋ねる。唇に傷?こっちは言われるまで気付かなかったのに。噛んでギザギザになった爪で傷を作ってしまう事など、Jの中では珍しくもなんとも無い事だったから。
「ん、平気。よく気付いたね…こんな小さな傷」
「俺、Jの顔好きですから。睫毛も長くて綺麗だし、唇がリンゴ色で可愛いし…、舐めたら甘そうとか思って…見てて…」
今、彼は何を言った?
なんだかとんでもなくこそばゆい事を言われた気がして背中が痒くなった。舐めたら甘そう?綺麗?単に口が滑っただけ?好きって、確かに言ったよね?

「ミハエルくんは僕を舐めたいの?」
「え…?あ、いや、そのっ!えっと、だから、そ、それはっ……!」
あまりにサラっと言われたので理解に時間を要したが、それってつまり。
「君は、僕の顔だけが好きなの?」
「いや、その、勿論J自身も大好きですけど…っ、あの、さっきのは…」
大好きです。
その単語が耳に届いた時、泣きそうになった。ずっと聞きたかった言葉。言わせるんじゃなくて、自然と自発的に、ミハエルから言って欲しかった言葉だ。こんな事で落涙するなんて、プライドが許さないからグッと我慢した。溢れるギリギリだ。
「すればいいでしょ」
声は震えていないだろうか。
「キスしたいんでしょ?ミハエルくんなら、言ってくれれば…いつだって舐めさせてあげるよ」
違う、こんな事が言いたいワケじゃない。いつもの饒舌な喋りが出来ない。良くない傾向だ。自分を、内側から壊されるみたいな恐怖がある。

「えっと、あ、ああ、あの…、その…」
「あのとかそのとか聞き飽きた!早く言わないと、もう二度と触らせないっ!」
「っ…!?スミマセンっ、俺…、前からJが…」

ずっと、ずっとずっとずーっと欲しかった言葉がミハエルの口から紡がれる。途切れ途切れに、だけど確実に。








【作者様コメント】

ミハの鈍さに悶々。ミハだけくん付け!贔屓が凄いのに何故気付かない…っ!自惚れないトコがミハの良いトコですけど。


*作者:漣一也 さん
*HP:『独立草子』



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