兎グリネイド





好きだと自覚する前から無意識に見つめていた。だから、ちょっとした変化にも気付ける自信があったし実際気付いてしまった。今、彼の変化に気付いているのは恐らく自分だけだというのも判っていた。

必要なモノをトレイに乗せ、部屋に戻ったら物凄く不機嫌な顔が其処にあった。
「もーっ、ミハエルくん!ドコ行ってたのっ、今のうちに仮眠をとっておきなよって言ったのにー」
きしり、と小さな音を立ててJがソファから起き上がる。ぷくっと頬を膨らませて子供っぽい表情を見せるJ。彼の前でミハエルは片膝を着き、トレイに乗せたお粥と薬、スポーツドリンクと薬を飲む為のコップ1杯の水、それとウサギさんカットをしたリンゴを差し出す。
「何か食べないと薬は飲めないので…」
失礼しますと一言告げてJの白くて細い首に触れると、少し体温が高かった。あの演説の時からオカシイと思ったのだ、始めは雰囲気作りの為にワザと声を作っているのかと思ったが、演説が終わっても呼吸が少し苦しそうに見えて気になった。信者の前では平静を装ってずっと隠していたのだろう、大事な計画の真っ最中に参謀が 倒れるワケにはいかないから。

今の今まで一緒に行動していたヤコブ、カイン、アベルすら気が付かなかったJのちょっとした違和感。ミハエルだけはその違和感の正体に気付いていた。
ミハエルの予想通り、Jには熱があった。何となくJの様子が変だった事に随分前から気付いていたが、声を掛けるタイミングが掴めないままこんな時間になってしまったのだ。
どうぞ、とJの膝の上にトレイを置く。
「…ヤダ、寝る前に食べると胃が苦しくなるから嫌」
「じゃあリンゴだけでも…」
「しつこいよミハエルくん、ちょっと休めば大丈夫だから」
しっしと犬を追い払う様な手の動きをされ、少し心が傷付く。でもスグにそれは自分に風邪をうつさない為の策だと気付いた。さっきから、微妙に距離を保とうしている。きっとJなりの優しさなのだろう。

あぁ駄目だ。
計算高いトコも謎が多いトコもウソ臭く作った笑顔も、全てが魅力的だ。盲目的でも良い、そこに彼が居るだけで心がほっこりと満たされる。
だからこそ、そんな可愛い子が苦しんでいるのは見過ごせない。
「駄目です、食べて下さい。明日はファルコンに会うかもしれないんですよ、そんなヘロへロのままじゃ逆に襲われちゃいますよ」
「それはないね、僕も体力がある方では無いけど彼よりはあると思うよ」
ふんわりと、嬉しそうに笑うJを見て心が軋んだ。想い人を語る幸せそうな表情は、第三者にしか見る事は出来ない。そんな顔を見る事が出来た自分は、彼の想い人ではないという事なのだから。やさぐれたくもなる。

「でも一応…俺も心配ですし」
というか、バレた途端隠さなくなった熱っぽい瞳が気になって仕方ないんです。早く、治して欲しいんです。計画の為にも、自分の精神衛生上の為にも。
お願いだから早くいつも通りのJに戻って欲しい。
「っ…」
そこまで願って吐き気がした。
胃がグルグルして気分が悪い。違う、本音はもっと弱ってしまえば良いのにって思っていた。この恋は綺麗じゃなくていい。他の人を好きでもいい、正当なやり方で手に入らないなら弱ったトコを狙う位の汚さを持っていかないと。

この人は、手に入らない。

「ミハエルくん?そんなに怖い顔しないでよ」
「それはJが…」
こんなに近くに居ても、コッチを全然見ようとしないから。心が尖るんです。
「はいはい、僕がワガママだからって言いたいんでしょ?」
「違いますよ」
そのワガママがとても好きなのだ。クセになっているのだ。ずっと聞いていたいのだ。
「イイの?そんな事言うと僕本気にしちゃうよ?」
そう呟き、綺麗な顔をキッと引き締めて冷ややかな美しさを見せ付ける。何かを企んでいる時の、蠱惑的な眼差しだ。

にっこりとアルカイックスマイルを作り、足を組んでフラフラと揺らす。
「跪いて足を舐めて?それが出来たら、お粥でもうさリンゴでも食べてあげるし薬も飲んであげる」
寝る前に何かを胃に収めるのが余程嫌なのか、Jは「どう、出来ないでしょう?」と鼻を鳴らして意地悪く口の端を上げた。思わず、ミハエルも口の端を上げそうになったがグッと堪えた。ココで彼のリズムを壊したら、チャンスが消えてしまう。
跪いて足を舐めて?と言い出したのはJだ。普段だったら恐れ多くてそんな事出来ないが、今回は彼から言い出した事もあっていざって時の保険になった。もし、なんでそんな事するのって彼が怒っても言い出したのは貴方でしょうと言い返す事が出来るから。

免罪符が無ければ、こんな事出来ない。
ソファに座って足を組むJの前で、床に両手を添えて土下座をするみたいに膝を着いてから顔を下げていく。唇が、足の甲に触れた時、Jがビクリと震えた。自分なんぞが彼に動揺を与える事が出来たのだ。嬉しくなって今度は足の指にキスをした。
「っ!?ミ、ミハエルくんっ…!」
もういいから、参った、降参!もう勘弁して!熱以外の原因で赤くなる顔を見て、物凄く満たされた。言い出しっぺのクセに、降参するのは脱兎の勢い。全くもってなんて可愛いのだろう。
「食べてくれます?あ、薬もちゃんと飲んで下さいよ」
「判った、判ったからぁ…あーもう、ビックリした」
熱の所為か、潤んだ瞳と赤い顔でコケティッシュに微笑む。

Jは爆弾に似ている。
いつの間にか心の中に入り込んで暴れていく。爆破されたら最後、深みにハマったら、きっとファルコンでも抜け出せない。Jにメロメロになる様子が簡単に予想出来てしまって、心の尖りが大きくなるのを感じた。
「どうぞ」
「ちょっとぉ、自分で食べられるからソレは止めてよ。子供じゃないんだからさ」
しつこいという顔をして、ミハエルからスプーンを奪うとお粥を少しだけ掬って口元に運ぶ。チビチビと、ウサギのエサ程の量しかないお粥を何とか食べていく。
「リンゴも食べるって言ってましたよね?」
「なかなかスパルタだねぇミハエルくん」
そう言ってうさリンゴの耳だけ齧ると、残りを差し出してきた。
「あんまり食べると気持ち悪くなっちゃうの。半分食べて」
可愛く上目遣いをして舌を出す。あれ?昼間はカロリーフレンド2本とドーナツ2つとそれからチョコレートマフィンをぺロリと食べてましたよね?顔が赤くなるのを感じながら、ミハエルはJの手ずからリンゴを齧る。あーんしたかったのに、してもらってしまった。非常に照れる。間接キスなんて単語は存在自体を忘れてしまいたい。言葉が頭の中をグルグルして体温が上がる。

「それから薬、ちゃんと飲んで下さいね」
「…頑張る、よ」
思いっきり嫌そうな顔をしてカプセルタイプの薬を口に放り、水と一緒に飲み込む。こくんとJの白い喉が動くのを確認して、ミハエルはホッと安堵の息を吐く。とりあえず、やれるだけの事はした。気付かないフリをしているのは心苦しかったから、後は薬が効いてくれるのを祈るだけだ。

食器の音を極力たてない様に静かに片付けをする。Jがウトウトとしてきたからだ。
「おやすみ、ミハエルくん」
「おやすみなさい、J」
薄いブランケットに包まって背を向けるJ。危なっかしくてほっとけない子。ファルコンなんかに取られたくないな。自分のモノでもないのにそう思った。

嫉妬を自覚した途端、心の奥底でパンと可愛い爆弾が破裂した。








【作者様コメント】

ミハ→J→藤丸。夢のサンドウィッチに挑戦&ミハを幸せにしてあげたくて…っ。


*作者:漣一也 さん
*HP:『独立草子』



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